いざというときの電話の相手

以前テレビのクイズ番組で、わからない問題があった時のサポートとして、友達のところへ電話をかけて答えを引き出すというものがあった。
それを見ながら私ならだれに欠けるだろうとよく考えたものだ。

選択の仕方としては、2つある。
専門的な知識を重視して一か八かで専門家を選択するという方法。
もうひとつが、幅広く常識を持っている年配の人を選択する方法だ。
私の場合はたぶん後者を選ぶような気がする。
前者の場合、まったく外してしまった時に、いくら知識があっても役に立たないことになるからだ。
それに比べて、後者は、知識と常識をうまくミックスさえて何かヒントくらいはだしてくれそうな気がする。
親元から離れて生活するようになってしばらくは、なにかにつけて実家に電話をしていた。
ほとんどが母との会話だったが、あるとき、ある漢字の使い方の件で父と話したことがある。
それ以来、日本語、文章、漢字といったたぐいの時には、父と話すのようにしている。
父は新聞記者だったこともあり、日本語の知識は、ライターレベルに達していたと思う。
国語辞書などを調べるよりも実家に電話するほうが早かったので、ほぼ、辞書替わりにしていたといってもいいくらいだ。
父からすれば、娘と話ができるからいいだろうと勝手に思う娘であった。
実際に父がどう思っていたかは定かではないが、聞くと電話しにくくなるので、いまだに聞いたことはない。

二度とかける気のない電話の約束

また電話しても良い?
それが、あの人との最期の会話でした。
短くても一応付き合ってきた男女であれば、もっと別の別れの言葉があっても良いような気がするのは私だけでしょうか。

そんな言葉を一言残された私は、結局その後来るはずの無い彼からの電話を長く待ち続けることになりました。
まさかそれが、こんな時にさえ使われる社交辞令であるとは思わなかったのです。
そんな質問にはいと答えてしまった私は、それからもずっと携帯電話の番号を変えることはできませんでした。
いつかきっと、また電話がかかってくると本気で信じていたのです。
大人の男性はズルいですね。
もう10年以上も昔の思い出。
彼の顔も覚えていませんし、その時どんな気持ちではいと言ったのかもはっきりとは覚えていません。
100パーセント期待してそう答えたのか、それともこちらも気遣ってそう言ったのか。
もしそうなら、私もズルい女だったのでしょうか。
あの人のどんなところが好きだったのか、今はもう昔の話し。
一緒に見たあの映画が、先日テレビで放送されていました。
対して面白くもなった映画でしたが、男の人と一緒に映画を観るというドキドキの経験をさせてもらいました。
全てが、何だか雑誌に書いている通りに進んでいたあの頃。
この先のことを、一人で勝手に想像して喜んでいたあの頃。
しかし、それは私一人の勘違いでした。
かける気のない電話なら、かけても良いかなんて訊くんじゃない。
ちゃんと別れてくれなくちゃ、前には進めないんだよ。
そのなんとも言えない悔しい思いだけは、今も心の中から消えてはいないのです。