お花屋さんの苦労

小さい女の子になりたいものを聞くと、よくお花屋さんという子供たちがいた。
素敵なものを売る仕事はいつの時代でも人気が高い。
香りもよくって、いつも明るい店舗のイメージがあるお花屋さんが人気集まるのはよくわかる。

うちの近くに、家族同然にお付き合いをしてもらっている家族がいて、そこはお花屋さんなのである。
店は、いつもきれいな花でいっぱいで、花のあまい香りがしている。
遊びに行くと、1,2本季節の花をもらったりして、私はいつもお店の前を通るのが楽しみった。
だが、おばちゃんの手は、いつもひび割れていて、冬は水で真っ赤になることを私は知っていた。
だから、自分がお花屋さんになろうとは思ったことがない。
見ていると素敵なのだが、実際に仕事として行うとなると、水仕事だし、花は生ものだしとか考えるとかなり大変な仕事だということだと想像に易しい。
隣の芝生はというが、確かに見ているだけであったり、お客としてであると、楽しそうに見える仕事は多い。
お花屋さんは、そのいい例かもしれない。
私たちは、アレンジの花を買うことが増えてきていないだろうか。
自分たちが家で花器をを用意し、形を考えながら行けるのではなく、すでに出来上がったものを買ったり、送ったりする。
単にセンスがないといえばそれまでだが、冬に水あげをよくするために、冷たい水の中で、茎を切るのは大変だと思う気持ちもあるはずだ。
こんなことを考えていくと、やっぱり仕事って大変だなと思っていまう。

おけいこごとの連鎖反応

初めにやったのは、茶道だった。
小学生にもかかわらず、抹茶が大好きで、茶道の教室で、高校生と一緒におけいこをした。
そして、そこからどんどんおけいこが増えていったのである。

小学生の茶道といえば、軽く作法をならうだけのように思われがちだが、私の場合は、しっかりとやらされた。
単に抹茶を飲みたかっただけの私だったが、次第に、その魅力にはまっていたのを覚えている。
お茶の席で行うことの一つに、炭を入れることや、花を生けることがある。
これらは、お茶席の初めに行うものだったり、遊びのひとつだったりするが、茶道を楽しむために、よく先生がなさっていた。
その中でも花を生けるという作業がとっても好きだったのを覚えている。
お点前の前に、皆で、一輪さしを選び、それに自分で1本から数本の花をアレンジする。
高校生に交じってだったので、とても考えさせられたのを覚えている。
もっと上手になりたいと思い、生け花を習うことにした。
生け花をならい始めると、お茶と生け花の両方に通じる焼き物に興味がでてきた。
もちろん、自分で作った物を利用することはなかったが、たまにお茶会で自分で、器を選んでよいという遊びをしてたことがあり、その時に自分の作った器を使ってみた。
へんちくりんな形をしたものが多かったが、それなりに楽しめたように思う。
それから、しばらくたって、器のぬりぐすりに興味を持ち、いろいろな色をつくりだすことを始めた。
これは、染めにも通じるところがあり、布を染めて何か作品をつくるという作業を教えてくれるところへ習いに通った。
気づくと少しずつ、いろんなことを感じってしまったように思う。